2024年7月30日

忍術〜兵糧丸編〜|にんぱくブログ|体験

NINJA

忍者の携帯食である兵糧丸(ひょろうがん)には、カロリー補給の他にもうひとつ重要な役目があります。それは漢方薬の薬理作用による気力回復です。
ひとくちに兵糧丸といっても、いくつか作り方が伝わっています。
ここでは名軍師・山本勘助『老談集(ろうだんしゅう)』のレシピを参考に見てみましょう。

主な材料は蓮肉(蓮の実の乾物)、桂心(シナモン)、人参(朝鮮人参)などの生薬、そして大量の氷砂糖と書かれています。

これら生薬には「滋養強壮」「疲労回復」「下痢止め」に加えて、「緊張緩和」「鎮静」といった精神面に効く成分が含まれています。氷砂糖には、大量に使用することによる防腐効果が期待でき、体に入れば脳を働かせる栄養となります。現在では、脳は糖をほぼ唯一のエネルギー源とするユニークな臓器として知られていますが、忍者は経験的にそれを知っていたのかもしれない。

そのほか、干し鮑や干し鮭などタンパク質を材料に使ったものや、そば粉やもち米粉などを使って腹持ちを良くした「飢渇丸」、梅干しを使って軽い喉の渇きを抑える「水渇丸」が伝わっています。おそらく忍者は、任務にかかる時間の長短や仕事の激しさを加味して、必要になる栄養配分を考え、その時々に合った携帯食を作ったのでしょう。

兵糧丸は、お腹を一杯ににするというよりは、任務中に使ったカロリーを補い、気力を充実させるための携帯食。登山家が山を登りながら栄養補給しているのが、現代の社会では近い状態です。

兵糧丸(ひょうろうがん)

兵糧丸と言っても、現代には様々な兵糧丸が伝わっています。ここでは、『老談集』をもとに久松眞氏が薬4分の1スケールで試作した分量のレシピをご紹介いたします。

材料・分量・薬効
・もち米 0.5g
 炭水化物の補給、体を動かすエネルギー源
・うるち米 0.5g
 炭水化物の補給、体を動かすエネルギー源
・蓮肉 9.5g
 蓮の実の乾物のことです。ビタミンB1が豊富、「滋養強壮」「疲労回復」「下痢止め」「緊張緩和」
・山薬 9.5g
 山芋(自然薯)のことです。粘性多糖やビタミンが豊富、「滋養強壮」「胃潰瘍」「食欲不振」
・桂心 9.5g
 シナモンの皮から取れる生薬のことです。「鎮静・鎮痛」「整腸効果」「血行促進」「発汗」「解熱」「風邪予防」
・ヨクイニン 9.5g
 はと麦の種子「抗炎症」「肌荒れ」「イボ取り」「利尿・むくみ」
・朝鮮人参 0.5g
 サポニンの薬理効果が高い、「滋養強壮」「疲労回復」「鎮痛」「整腸効果」
・氷砂糖 225g
 脳への直接的な栄養補給効果、体へのエネルギー供給

作り方
1 すべての材料を粉末にする。
2 氷砂糖以外の材料に適量の水を加え煎じる。
3 氷砂糖に適量の水を加え弱火で温めて溶かす。
4 2と3を合わせ、弱火で煮詰める。
5 丸めて乾燥して固める。

材料からわかるように、この兵糧丸は砂糖がメインです。実は江戸時代まで砂糖は超貴重な薬扱いでした。今の点滴に近いものでした。次に多い材料が漢方薬で処方される生薬です。それらの成分を分析すると6つの薬理作用「滋養強壮」「鎮痛」「救急医薬」「エネルギー補給」「疲労回復」「健康維持」があることが分かりました。体力と気力両方回復する携帯食と言えます。

水渇丸(すいかつがん)

軽い喉の渇きが気にならなくなると言われている水渇丸の作り方を、『万川集海』に基づいてご紹介いたします。

材料・分量・効能
・梅干の果肉 約37g
 クエン酸が含まれている、胃を整える
・氷砂糖 約7.5g
 この場合は、使用料が少ないので梅干の酸っぱさやしょっぱさを和らげる作用
・麦門冬 約3.77g
 ジャノヒゲの根が原料の生薬、咳止めや強壮の効果がある

作り方
1 梅干の果肉部分と種の部分を分ける
2 残りの材料を粉末にする
3 両者を混ぜて手でよくこねる
4 1cm程度に丸め、乾燥させる(天日干しにする)

梅干しの成分が唾液の分泌を促進し、麦門冬(ばくもんどう)の成分が喉の渇きや痛みを一時的に弱めます。「3粒食べれば、45日間水を飲まなくて大丈夫」という伝承がありますが、それはさすがに誇大広告でしょう。実際は、軽度の脱水症状からくる不快感を紛らわせて、その間に水場に戻るなどしたと考えられます。

ここまでは歴史的な兵糧丸について書いてきましたが、現代の兵糧丸と言えるような商品をコンビニで見つけたので、成分を比較したいと思います。

最後のひとつをそれぞれ並べて。危うく写真撮る前に完食しそうでした。

写真の通り、これからご紹介するのはその名も「忍者めし」
今回手に入れることができたのは、「忍者めし鋼 コーラ味」と「忍者めし鋼 グレープ味」「忍者めし ラムネ」の三種類です。

さっそく、忍者めしコーラから成分表を見ていきたいと思います。

原材料名
・果糖ぶどう糖液糖(国内製造)
・砂糖
・ゼラチン
・米粉
・ポリデキストロース
・濃縮果汁(デーツ、レモン)
・殺菌乳酸菌飲料
・水飴
・こんにゃく粉
・澱粉/酸味料
・香料
・着色料(カラメル)
・光沢剤
・(一部に乳成分・ゼラチンを含む)

作り方
わかりません

栄養成分表示
50gあたり
・エネルギー 159kcal
・タンパク質 5.9g
・脂質 0g
・炭水化物 36.9g
・食塩相当量 0.03g

原材料は多い順に並んでいます。
まずいちばん頭にある「果糖ぶどう糖液糖(国内製造)」とは?日本でつくられた果糖ぶどう糖液糖ということはわかりますが、えっと、ひとつの名前の中に三つも糖が入ってるのですが、いったいどういうことなのでしょうか?めっちゃ甘い?調べてみました。

「ぶどう糖」と「果糖」を主成分とする液状糖を「異性化糖」といいます。異性化糖は、以下の3つに分類されます。

 ・ぶどう糖果糖液糖…果糖含有率が50%未満のもの

 ・果糖ぶどう糖液糖…果糖含有率が50%以上90%未満のもの

 ・高果糖液糖…果糖含有率が90%以上のもの

https://pantry-lucky.net/contents/blog/katoubudoutou

ということらしいです。へー。ほとんど砂糖と同じような感じで使われるらしい。とうもろこしやさつまいもの澱粉を分解してつくられるそうです。

次にわからないのが、ポリデキストロース。ポ、ポり?調べてみました。

☆ポリデキストロースは、グルコース(ブドウ糖)、ソルビトール、クエン酸を原料とした安全な食物繊維です。
https://www.otsuka.co.jp/health-and-illness/fiber/about/type/polydextrose/

ポリデキストロースは、グルコース(ブドウ糖)、ソルビトール、クエン酸を原料とした安全な食物繊維です。

https://www.otsuka.co.jp/health-and-illness/fiber/about/type/polydextrose/

つまり合成食物繊維ってやつでしょうか。人工食物繊維? 人造食物繊維?

次に濃縮果汁のデーツ。これは私は乾燥フルーツマニアなので知っておりましたが、まだ日本ではメジャーではないかもしれません。デーツは中東なんかが主な産地の美味しいフルーツです。乾燥デーツは輸入物の読めない字のパッケージのやつがおすすめです。

そして殺菌乳酸菌飲料。乳酸菌飲料を、殺菌しちゃった!?それって・・・まあ、とりあえずこれが何なのか調べましょう。

また、死んだ菌が腸内の免疫細胞を刺激して、低下している防御力を増強させる『免疫賦活』という効果があります。「インフルエンザの感染予防に効果的」とテレビなどで紹介されたR-1乳酸菌などは、つくりだす多糖体が免疫賦活効果を発揮するため、生き死にはそれほど関係ないそうです。

https://withnews.jp/article/f0160326003qq000000000000000W00o10101qq000013137A

ということでした。
あと気になるのは光沢剤・・・

☆シェラック(白シェラック、精製シェラック)
ラックカイガラムシの分泌する樹脂状物質を精製して得られたもので、成分は樹脂酸エステルです。アルカリ性水溶液やエタノールで抽出、漂白又は精製したものが、白シェラックや精製シェラックです。エタノール溶液として菓子、糖衣食品、果実等の表面に塗布、乾燥させると、表面に光沢性、防湿性のある皮膜を形成します。光沢剤の他に、チューインガムベースとしても使用されます。

使用対象食品:キャンディー、チョコレート、果実など

☆パラフィンワックス
原油を減圧蒸留して得られる潤滑油分画を処理して得られたもので、炭素数20~40の炭化水素の混合物です。加熱すると粘性の低い液体になり、菓子、糖衣食品、果実等のコーティングに用いられます。

使用対象食品:キャンディー、チョコレート、果実など

☆ミツロウ
ミツバチの巣より加熱圧縮後、ろ過したものより得られたもので、主成分はパルミチン酸ミリシルです。粘稠性、伸展性が強く、熱エタノールや油脂に溶かし、菓子、糖衣食品、果実等のコーティングに用いると艶のある被膜を形成します。

https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/shokuten/kotakuzai.html

↑から信じたいものをお選びください。

思ったよりも長くなってしまったので、「忍者めし」のご紹介は「忍者めし鋼 コーラ味」までとしたいと思います。

「忍者めし鋼 コーラ味」が現代の兵糧丸または水渇丸と言えるかどうか、検証していきたいと思います。

まず、兵糧丸において一番大切なのは糖分の摂取です。これは「忍者めし鋼 コーラ味」もクリアしていると言えるでしょう。
気力の回復はどうでしょうか?「忍者めし鋼 コーラ味」はその風味や噛みごたえの点から、食べると美味しくてなんか良いもの食べた気分になります。何より美味しい。これは気力の回復にも期待できそうです。

結論

「忍者めし鋼 コーラ味」は、生薬の成分こそないものの、デスクワーク程度の仕事においては十分に兵糧丸としての役割を果たしていると言えるでしょう。水渇丸にはまったくなりません。むしろ水かお茶が飲みたくなります。

終わりに

このブログを運営しているにんぱくには、忍者が実際に使っていた忍具が展示されています。群馬県の北西にある東吾妻町に、にんぱくはあります。吾妻地域は真田氏が支配していたころ、忍びの者として真田家に仕えていた忍者がいました。岩櫃城と言えば歴史好きの方はピンと来るかもしれません。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。これからもにんぱくをよろしくお願いいたします!

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2024年7月29日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その25 -躑躅ヶ崎館-

この記事は忍者豆知識その25です。今日は真田氏と関係のある武田氏と、お城の要素についてお届けします。


・躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)
躑躅ヶ崎館は、現在の山梨県甲府市古府中にあった居館です。
武田氏はこの躑躅ヶ崎館を拠点して各地を攻めていました。
長篠の戦いや甲州征伐ののち、武田氏が滅んだ後は織田・徳川が占領し、活動拠点としていました。
遺構には、西曲輪虎口や土塁、空堀、馬出しなどがあリます。
跡地には神社があり、国の史跡として指定されています。

・堀(ほり)について
堀(ほり)は、日本の伝統的な城の防御設備の一つで、城を守るために周囲に掘られた水路や空堀のことを指します。堀は、敵の侵入を防ぎ、城を防御するために重要な役割を果たしました。以下は堀の主な種類とその特徴です。
水堀は、水を張った堀で、船や泳いでの侵入を防ぎます。
空堀は、水を張らない堀で、深い溝を掘ることで敵の侵入を阻止します。
二重堀は、二重に掘られた堀で、お城の内側と外側を隔てます。
内堀は、城の中心部分を囲む堀です。
外堀は、城の外郭部分を囲む堀です。
堀の役割として、敵の侵入を遅らせ、攻撃を困難にします。
城内の水源として利用されることもあリます。
城の景観を美しくする役割も果たしました。
堀は、単なる防御設備だけでなく、城の美観や機能性も兼ね備えた重要な要素でした。現在でも、歴史的な城跡や復元された城で堀を見ることができ、その役割や歴史を学ぶことができます。

・土塁(どるい)について
土塁(どるい)は、土を積み上げて作られた防御設備の一つで、城や砦、遺跡などの防御機能を強化するために使用されました。土塁は敵の侵入を防ぎ、守備側の防御力を高める役割を果たします。以下は土塁についての主な特徴と役割です。
土塁は土を盛り上げて作られ、時には石や木材で補強されることもあります。
高さや幅は防御の必要性に応じて様々で、通常は高くて幅の広い土塁が作られました。
土塁の外側は急な斜面になっており、登りにくくするための工夫が施されています。
材料は、主に土を使用しますが、石や木材を組み合わせて強度を増すこともあります。
役割として、敵の侵入を阻止し、攻撃を遅らせる効果があります。
守備側の兵士が土塁の上から攻撃を行うことで、戦闘を有利に進めることができます。
視界確保として、高台に作られることが多く、守備側の視界を確保し、敵の動きを監視するのに役立ちます。
場合によっては、土塁の内部に石や木材を組み込むことで、さらなる強度と耐久性を持たせることができます。
日本の城では、石垣とともに土塁が多く使用され、城の防御力を高めました。
古墳時代の遺跡にも土塁が見られ、墓の周りを囲む防御壁として使われました。
現在でも、多くの歴史的な城跡や遺跡で土塁が保存されており、その重要性と歴史的価値が認識されています。土塁は防御設備としてだけでなく、当時の技術や戦術を理解するための重要な史料となっています。

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2024年7月28日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その24 -用害山城-

この記事は忍者豆知識その24です。今日は真田氏と関係のある武田氏についてとお城の要素についてお届けします。


・要害山城(ようがいさんじょう)について
山梨県甲府市古府中にあったお城です。
武田信玄が生まれた城とも言われており、
躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)の守備を固めるための避難所として信玄の父信虎によって築かれたと言われています。
発掘調査によると、居館は将軍邸である花の御所(室町)と同様の方形居館でした。
甲斐武田氏の城郭の特徴の西曲輪虎口や馬出しがありました。

・方形居館について
方形居館(ほうけいきょかん)は、中世の日本における特定の城郭や館の一形式を指します。堀と土塁で囲まれた四角い館の事をいい、この形式の建物は、四角形の形状を基本として構築され、その周囲を濠(ほり)や塀で囲むことが特徴です。以下に、方形居館についての詳細を示します。
形状として、四角形を基調とした平面図を持ち、隅に櫓(やぐら)を設置することが一般的です。
防御構造として、周囲には濠や塀が設けられ、敵の侵入を防ぐ役割を果たし、櫓や門により防御力を強化します。
立地は、河川沿いや交通の要所に建設され、地形を活かして防御力を高める工夫が見られます。
方形居館は、平安時代後期から鎌倉時代にかけて普及しました。武士階級が台頭する中で、防御の重要性が増し、こうした堅固な建物が求められるようになりました。また、地方の豪族や領主たちが自らの権力を示すために建設した例も見られます。
現在では、多くの方形居館は遺跡として保存・復元されており、歴史学や考古学の重要な研究対象となっています。また、観光地としても訪れる人々にその歴史的価値を伝えています。
方形居館は、日本の中世における建築と防御の知恵が詰まった構造物であり、その研究は日本の歴史理解において重要な役割を果たしています。

・馬出しについて
馬出し(うまだし)は、日本の中世から江戸時代にかけての城郭における防御施設の一つです。馬出しの主要な目的は、城門や要所を強化し、敵の侵入を阻止することです。以下に、馬出しの詳細を示します。
構造として、城の門の外側に設置される小さな砦や囲いで、四角形や半円形の形状が一般的で、周囲には堀や塀が設けられ、内部には兵士や馬を待機させるスペースがあります。
機能として、敵の侵入を遅らせるための領域として機能し、城門への直接攻撃を防ぐための前線基地として利用されます。敵が馬出しに侵入した際、城内からの反撃が容易になるように設計されています。

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2024年7月26日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その23 -大島城(伊那大島城)-

この記事は忍者豆知識その23です。今回は真田氏と関係のある武田氏が治めていたお城やお城にまつわることについてお届けします。


・大島城(伊那大島城)について
大島城は、長野県下伊那郡松川町元大島にあったお城です。
平安時代末期に築城したとされます。
武田氏が支配していたお城で、天正10年(1582年)に織田軍に攻め落とされます。
枡形の虎口(ますがたのこぐち)などの武田氏のお城に見られる遺構が残っています。

・お城の要素、枡形の虎口(ますがたのこぐち)について
枡形の虎口(ますがたのこぐち)は、日本の城郭や砦の防御構造の一つです。これは特に敵の侵入を防ぎ、防御側が有利な位置から攻撃できるように設計された入口部分です。以下にその特徴と機能について説明します。
形状として、枡形の虎口は、「枡(ます)」という箱形の構造を持ち、正方形または長方形の広場状のスペースが入口部分に設けられています。この形状により、侵入する敵が一度そこで足を止めることを強制されます。
門の配置として、一般的に二重の門が設置されており、外門と内門が直線上ではなく、角度をつけて配置されることが多いです。これにより、敵が外門を突破した後でも直線的に内門へ進むことができず、内部での防御戦が有利になります。
枡形の内部には、矢狭間(やざま)や鉄砲狭間(てっぽうざま)といった攻撃用の開口部が設けられ、上方からの攻撃が可能な位置に櫓(やぐら)や高台が設置されることがあります。


敵の足止めとして、枡形の構造により、侵入する敵がそこで一旦止まるため、防御側にとっては敵を集中して攻撃する機会を得られます。これにより、少ない兵力で効率的に防御することができます。
枡形の内部からは、複数方向からの攻撃が可能です。高い位置からの矢や鉄砲、石の投擲などで敵を効果的に撃退できます。
敵にとっては、枡形の虎口を突破することが難しいと感じさせることで、心理的なプレッシャーを与え、防御側の士気を高める効果があります。
歴史的背景として、枡形の虎口は、特に戦国時代(16世紀)から江戸時代(17世紀以降)にかけて、日本の城郭に多く見られる構造です。戦国時代の度重なる戦闘や攻城戦の経験から、防御構造が進化し、枡形の虎口が多くの城で採用されるようになりました。
このように、枡形の虎口は日本の城郭の防御技術の一つとして、重要な役割を果たしました。敵の侵入を効果的に防ぎ、防御側に有利な戦いを展開できるように設計された巧妙な構造です。

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2024年7月22日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その22 -箕輪城-

この記事は忍者豆知識その22です。今回は真田氏と関係のある武田氏が攻め落としたお城と、にんぱくの展示についてお届けします。


・真田氏と関係のある武田氏が攻め落とした箕輪城(みのわじょう)
箕輪城は、群馬県高崎市箕郷町のあったお城です。
築城時期は16世紀前半に長野氏(長野業尚)によって建てられたとされます。
武田氏が攻め落とし、その後配下の真田氏である真田幸隆が城代になりました。
その後織田氏に攻め落とされ、織田氏の配下滝川一益によって治められたとされます。
本能寺の変以後は改築などされましたが、廃城になりました。
現在は土塁や空堀、石垣が残っています。

・にんぱくの展示忍者道具・四剣手裏剣(しけんしゅりけん)



十字手裏剣の形をしていますが、先端が矢印のような形状をしています。
四剣手裏剣(しけんしゅりけん)は、忍者が使用した武器の一種です。一般的には、手裏剣は手投げの武器として知られていますが、四剣手裏剣はその中でも特に代表的な形状の一つです。
四剣手裏剣は、4つの刃が放射状に広がった形状を持っています。このデザインにより、どの方向から投げても効果的に刺さるようになっています。
主に鉄や鋼で作られており、耐久性が高く、繰り返し使用することができます。
投擲武器としてだけでなく、近接戦闘でも使用されることがありました。また、時には捕縛のために敵の動きを制限するために使われることもありました。
忍者が隠密行動中に使用する武器の一つとして、敵に気づかれずに攻撃したり、注意を逸らしたりするために使われました。
四剣手裏剣は、日本の武士道や忍術の一部として深く根付いており、歴史や文化の中で特別な位置を占めています。忍者の秘密兵器としてのイメージも強く、現代でも多くのフィクション作品に登場します。
四剣手裏剣のバリエーションの中には、先端が矢印の形状になっているものも存在します。


矢印形の先端は、より鋭利で刺さりやすくなっています。これにより、投げた際の貫通力が向上し、敵に対する効果が高まります。矢印形の先端は、投擲時に空気抵抗を減少させ、飛行の安定性を増します。これにより、命中精度が向上します。
矢印形の先端は視覚的にも鋭く、敵に対する威圧感を与えることができます。これにより、心理的な効果も期待できます。
先端が鋭利な形状であるため、手裏剣としての使用だけでなく、他の道具としての利用も可能です。例えば、簡易な釘のように使用して固定したり、切断具として使用することもできます。
このように、四剣手裏剣の中でも先端が矢印になっているデザインは、その機能性と効果を高めるために工夫された形状と言えます。

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2024年7月20日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その21 -上原城-

この記事は忍者豆知識その21です。今日は真田氏に関係した武田氏についてと、にんぱくの展示品についてお届けします。
・真田氏が仕えていた武田氏が攻め落としたお城・上原城(うえはらじょう)
現在の長野県茅野市にあったお城です。
築城年は不明ですが、室町時代の文正元年(1466年)頃、諏訪信満が居館を建て、諏訪地方の周辺を諏訪氏が治めていました。
諏訪氏の本城だったお城ですが、真田氏と関係のある武田氏が攻め落としたとされており、
武田氏の配下、板垣信方が治めていたとされます。その後の上田原の戦いで信方が討ち死し、
弟の虎登や長坂虎房が配置されました。


上原城は、織田・徳川連合軍による甲州征伐により武田氏は滅亡し、廃城となりました。
城跡には石碑が建てられ、土塁や空堀等が残っています。
お城跡は、長野県の指定史跡として指定されています。

・にんぱくの展示室の忍具紹介 吹き矢



吹き矢は、矢を飛ばすのに筒を使用したもので、口元に筒を当てて息を吹き空気圧で矢を飛ばすように使用します。
筒は、八角柱や円柱の筒や、竹の内側を均等に加工したものや、和紙を丸めたものもあります。
吹き矢(ふきや)は、筒(管)を通じて矢を吹き出し、標的に命中させる武器です。歴史的には日本だけでなく世界各地で使用されてきましたが、日本においては特に忍者が隠密行動や暗殺に使用したとされることで知られています。
吹き矢の筒は竹や金属で作られることが多く、長さや太さは用途によって異なります。


矢は小型で軽量なものが使われ、先端には鋭利な針や毒が塗られることがあります。
矢を筒の中に入れ、息を吹き込むことで矢を発射します。正確な射撃には練習が必要で、呼吸の制御や姿勢が重要です。訓練によって高い精度で標的を狙うことができます。
吹き矢は発射時の音がほとんどないため、隠密行動に適しています。
忍者は吹き矢を隠密行動や暗殺のために使用しました。毒を塗った矢を使うことで、静かに敵を無力化することができました。
一部の地域では、狩猟用の武器としても使用され、小動物を捕えるために使われました。
現代では、吹き矢はスポーツやレクリエーションとしても楽しまれており、専用の筒や矢を使って標的を狙う競技が行われています。
吹き矢は使用方法によっては危険を伴うため、使用する際には十分な注意が必要です。特に毒を使用する場合は、厳重な管理が求められます。
地域によっては吹き矢の使用や所持に関する規制があるため、事前に確認することが重要です。

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2024年7月20日

忍術〜水の上を走る?〜|にんぱくブログ|体験

NINJA

一説によると忍者は水の上を走ることができたと言われています。確かに、そのようなイメージを持っている方は多いのではないでしょうか。実際に水の上を走るには、人間なら秒速30mmの速度が必要となります。分速では1800m、時速では108㎞です。これはいくら超人的な忍者だとしても不可能と考えるべきでしょう。ただし、そのように言い伝えられるほど忍者は俊敏でした。

忍者は走ることに関しても修行していたため、足は相当、速かったと考えられます。高度なバランス感覚と巧みな重心移動を身につけることで、いかなる状況でもスピードを落とさずに走ることができました。

もうひとつ、忍者が水の上を走るイメージがついた理由は、事前に移動経路を徹底的に調査・研究し、街中から山の中まで近道や抜け道をすべて知り尽くしていたからだと言われています。川などでは、浅瀬や石を伝って渡れる場所を熟知していました。修行で培った足の速さと、事前の下調べの結集が、水の上を走れるほどの速さをもっていると錯覚させたのかもしれません。

山の中で近道や抜け道を調査する作業は、その、まま足場の悪い山道を移動する修行にもつながりました。

忍者の潜水能力

水のつながりで、忍者の潜水能力について書いていきたいと思います。
忍者は陸上の修行だけでなく、水中での修行もしていました。肺活量を高める訓練に力を入れ、水を満たした樽の中に首を入れて、10分あまり耐えられたといわれています(藤田西湖『忍術秘録』)。現在の潜水時間の世界記録は、11分35秒です。この記録から考えると、忍者が10分間潜水できたという説は信憑性が高いといえるでしょう。

泳ぎとしては、最小限の動きで音や水しぶきを立てずに泳げる「のし」という古式泳法を習得していました。のしで泳ぐことにより、気配を消したまま、重い刀や忍具を携えて長い距離を泳ぐことができたのでしょう。

しかし、さすがの忍者も水の中では素早く動けず、水に濡れて衣服も重くなるため、水に入るのはいざという時のみに限られていました。逆に刀や忍具の重さを利用して、泳がずに水底を歩いて移動することも多かったのです。

水底を歩く場合は、大きめの石を拾って懐に入れ、潜るのではなく、必ず体が沈むようにしていました。水底を歩く動きに特化すれば、泳ぐよりも体力を温存することができるため、息もより長く続きました。水中を移動することで敵から見つかりにくくなる効果もありました。

終わりに

このブログを運営しているにんぱくには、忍者が実際に使っていた忍具が展示されています。群馬県の北西にある東吾妻町に、にんぱくはあります。吾妻地域は真田氏が支配していたころ、忍びの者として真田家に仕えていた忍者がいました。岩櫃城と言えば歴史好きの方はピンと来るかもしれません。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。これからもにんぱくをよろしくお願いいたします!

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2024年7月19日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その20 -松代城-

この記事は忍者豆知識その20です。今日は真田氏と関係のあるお城についてとにんぱくの展示についてお届けします。


・真田氏と関係のあるお城・松代城(まつしろじょう)
現在の長野県長野市に位置するお城で、戦国時代に武田氏が上杉氏対策のために築いたお城です。
元の名称は海津城(かいづじょう)という名称であったと言われています。
いつ築城されたかは不明で、武田氏によって築城され、その後武田氏滅亡の後は織田氏の家臣の森長可の居城でした。
この松代城に、江戸時代、元和8年(1622年)、上田藩主・沼田藩主だった真田信之は領地替えで移りました。

・にんぱくの忍者道具の紹介・はじき玉



はじき玉は、投擲して相手に当てたり、布で包んだ状態で直接殴ったりして使う道具です。
はじき玉(はじきだま)は、伝統的な日本の忍者や武士が使用していた小型の飛び道具の一種です。これらの小さな球状の武器は、主に敵の注意をそらしたり、一時的に混乱させるために使われました。はじき玉は、その使いやすさと効果から忍者の装備として広く認識されています。
はじき玉は、通常、小さな球状の形をしており、手のひらに収まるサイズです。
材質は鉄や陶器などで作られ、中には毒や粉末などが詰められていることもあります。
指で弾くようにして投げることが多く、そのため「はじき玉」と呼ばれます。
敵に向かって投げると、衝撃で中の物質が飛び出し、視界を奪ったり、混乱を引き起こしたりします。
小さく軽量であるため、忍者や武士が複数個を簡単に携帯できます。
突然投げつけることで、敵の注意を引き、隙を作り出すことができます。
中に詰める物質を変えることで、様々な効果を発揮します。例えば、目くらまし用の粉末や、毒など。
忍者は、敵を欺くために様々な道具を使用しました。はじき玉は、その一つであり、特に隠密行動を行う際に有効でした。敵の注意を逸らしたり、追手を巻くために使用され、効果的にその場を離脱する手段として用いられました。
敵の目の前に投げることで、粉末が飛び散り、一時的に視界を奪います。
硬い地面に投げつけて音を立て、敵の注意を特定の方向に向けさせます。
現在、はじき玉は主に歴史的な研究や武道の訓練、またはコレクションアイテムとして使用されています。伝統的な忍術の訓練においては、はじき玉の使い方やその効果を学ぶことも重要です。

はじき玉は、そのシンプルさと効果の高さから、忍者の装備として非常に魅力的な道具です。歴史的な背景を持ちながら、現代でもその存在感を保っています。

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2024年7月5日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その17 -真田十勇士-

この記事は忍者豆知識その17です。今日は真田十勇士の一人とにんぱくの展示物についてお届けします。

・忍者豆知識、由利鎌之助(ゆりかまのすけ)
由利鎌之助は、真田十勇士の一人です。
丹波の豪族で、鎖鎌の名手と言われます。
真田三代記にも登場し、菅沼家に仕えていたところを真田氏に敗れてから真田氏の配下になったと言われています。

・にんぱくの忍者道具の紹介、弩(いしゆみ)



弩とは、矢や石を発射する弓のことを言います。通常の弓と違い、台座がついています。
弩(石弓)は、古代から中世にかけて使われた弓矢の一種で、特に中国や日本で広く使用されました。石弓は、通常の弓と異なり、機械的な仕組みを用いて矢を放つ武器です。現代では「クロスボウ」として知られています。

石弓の構造と特徴として、本体は木や金属で作られた堅固なフレームで、これは矢を放つための台座となります。
弦は、強力な素材(例えば、動物の腱や現代では合成素材)で作られた弦を使い、矢を放つために引き絞ります。
弓の部分には弦を取り付けるための両側のアームがあり、通常の弓のように曲がります。
弦を引き絞り、固定し、引き金を引き矢を放つ機構になっており、通常の弓よりも強力な力で矢を放つことができます。
矢は、石弓用の矢は通常の弓矢よりも短く、重いことが多いです。
強力な弩ほど強い張力が必要されます。
クロスボウ(crossbow)は、弓と同様に矢を発射する武器ですが、機械的な構造を持ち、より強力で正確な射撃が可能です。クロスボウは、古代から中世にかけて軍事用途で広く使用され、現代でもスポーツや狩猟などで使われています。

クロスボウにはストック部分があり、銃のような形状をしており、射手が握る部分です。肩に当てて安定させるための部分も含まれています。
弓腕はクロスボウの前部に取り付けられた弓の部分で、通常の弓と同じように曲がります。
強力な素材で作られた弦が、弓腕に取り付けられています。
弦を引き絞り、固定し、トリガーを引くことで矢を発射します。
レールがついており矢(ボルト)が発射される際に滑るガイドレールです。
矢(ボルト)はクロスボウ用の矢で、通常の弓矢よりも短く、重いことが多いです。
弦を引き絞り、手動で、または専用の引き絞り装置を使って弦を引き絞り、トリガーメカニズムで固定します。
矢(ボルト)をレールに沿ってセットし、弦の前に配置します。
クロスボウを構え、標的に照準を合わせます。現代のクロスボウにはスコープが付いているものもあります。
トリガーを引くと、弦が解放され、矢が発射されます。
矢を引き絞った状態で保持できるため、狙いを定めやすく、射撃が安定します。
高い射撃力を持ち、通常の弓よりも強力な矢を発射できます。
弓に比べて習得が容易で、初心者でも精度の高い射撃が可能です。
短所として、弦を引き絞るのに時間がかかり、連射が難しいです。
クロスボウは重くて大きいため、携行性に劣ります。
トリガーメカニズムや弦の引き絞り装置が故障しやすく、メンテナンスが必要です。
クロスボウは、古代中国や中世ヨーロッパで広く使用されました。特に中世のヨーロッパでは、騎士や城の守備兵が使用し、その威力と精度で敵を制圧しました。現代では、クロスボウはスポーツ競技や狩猟に使われるほか、一部の軍や警察でも特殊な状況で使用されることがあります。
クロスボウは、歴史的にも現代的にも多用途であり、その強力な射撃力と高い精度から、さまざまな場面で役立っています。

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2024年7月1日

忍術〜隠形術編〜|にんぱくブログ|体験

NINJA

隠形術(おんぎょうじゅつ)とは、忍術の一種であり、さまざまな手法を使って相手の視界から姿を消す技術の総称です。一般的には「隠れる」と聞くと、例えば岩陰に身を隠して見つからないようにするイメージがありますが、隠形術はその表面的な意味だけでなく、より深い技術を含んでいます。その技術の一つとして、周囲の環境や風景に巧みに溶け込み、相手に気づかれることなく存在を隠すというものがあります。

たとえば、うずら隠れという術があります。これはまるで小鳥のうずらのように、手・足・頭をひっこめて丸くうつ伏せになる隠れ方で、身を潜めるものがない時に、石などに寄り添う形で行います。この時に、できるだけ静かに呼吸をし、道端の石ころになる気持ちになって、生き物としての気配を消します。

隠形術は、単なる身を隠す技術にとどまらず、心理的な戦略を含んでいます。例えば、追跡者から逃れる際に急に隠形術を駆使して道を曲がることで、相手にとっては突如として姿が消えたように見え、居場所を確認できなくさせることができます。特に夜間や暗がりでは、周囲の闇に溶け込んで見つからないようにする効果が高まります。このように、隠形術は単なる身体の隠し方を超えて、戦術的な意味を持つ忍術の一つとして重要な役割を果たしています。

以上のように、隠形術は単純な隠れる技術を超えて、環境との一体化や心理的な錯覚を利用することで、相手の視覚的・心理的な盲点を突く忍術と言えます。

狸隠れ

木に登って隠れます。上方向への注意は疎かになりやすいので、その虚をつきます。隠れている側からは敵の姿を確認しやすいために、偵察任務でも活用したと考えられます。春や夏など葉が生い茂っている季節であれば、なお隠れやすく都合が良いです。ちなみに狸は木登りが下手で、あまり木に登りません。「まさか木の上に狸はいるまい」という人の意識を逆手にとる重要性を思わせる術名です。

観音隠れ

前半部分の男が口元を着物の袖で隠していれば完璧です

敵が近づいてきたら、壁や木などの物陰に身を寄せて顔を袖で隠し、目は観音のように半開きのまま動かない。顔の白さと呼吸をできるだけ目立たなくしつつ、相手を観察する術です。

観音像

ColBase: 国立博物館所蔵品統合検索システム (Integrated Collections Database of the National Museums, Japan), CC 表示 4.0, リンクによる

狐隠れ

頭に蓮の葉が乗っていれば完璧でした。か、カカシ先生?

蓮などの木の葉を頭にかぶり、頭だけ出して水中に隠れる術です。遠くからは水面に浮かぶ木の葉のように見えるので、見つかりづらいのです。まさか水中に人がいるはずがないだろうという盲点をついています。衣服は水を吸って重くなるために、服を着て泳ぐには技術と体力が陽朝になります。脱いだ方がいいと考えることもできますが、水にいるヘビなどの害獣から身を守ってくれたりもします。

楊枝隠れ

爪楊枝を飛ばし、相手が気を取られている隙に隠れます。実践的な意味合いよりも、教訓的な術です。忍者は爪楊枝1本さえあれば、その場における創意工夫によって隙を作り出し隠れることができるということを伝えています。

動物をまねて隠れる

忍術には、陽術と陰術の二つの大きな分類があります。陽術は、堂々として姿を現して行動する術であり、例えば潜入先の家に客として偽装し、下見をするなどがその例です。一方、陰術は、闇に紛れて静かに情報を収集するなど、姿を隠して行動する術です。

また、忍術には動物の動きを模倣した「四足の習い」と呼ばれる術があります。この術は主に隠術に関連しており、動物が逃げ隠れするような行動を参考にしたり、動物の振りをして敵を欺く方法を忍者たちは試行錯誤しました。

特に犬は警戒心が強く、潜入作戦の際には天敵となり得ます。そこで忍者たちは、犬のものまねをすることで、潜入中に物音がしても「あれ、犬か?」と家主を油断させることがありました。犬の警戒のうなり声をまねたり、ブルブルという身震いの音をまねました。身震いをまねるためには、着物のつまをよく揉んで振ることでブルブルという音が出るのです。

しかし、動物に擬態するためには、その動きや仕草を細心の注意を払って観察することが肝要です。こうした訓練を積むことで、犬や猫、鳥などの動物だけでなく、周囲のさまざまな物をも模倣し、どんな状況下でも敵を欺くことができるようになるのです。

動物を真似る術の例

・犬の毛皮をかぶる
・狐狼の習い
 狐や狼のように人の裏をかく行動を考える
・牛馬のつたえの事
 牛馬が人に慣れるように敵方に近づきスパイ活動
・水鳥の教え
 水面上は静か、水面かでは足を動かす水鳥のように忙しさを見せない
・四つ足の習い
 犬や子猫の行動を知って、まねたり、追い払ったりする。

終わりに

このブログを運営しているにんぱくには、忍者が実際に使っていた忍具が展示されています。群馬県の北西にある東吾妻町に、にんぱくはあります。吾妻地域は真田氏が支配していたころ、忍びの者として真田家に仕えていた忍者がいました。岩櫃城と言えば歴史好きの方はピンと来るかもしれません。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。これからもにんぱくをよろしくお願いいたします!

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