2024年6月30日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その16 -真田十勇士とにんぱくの展示物-

この記事は忍者豆知識その16です。今日は真田十勇士の一人についてお届けします。

・忍者豆知識、望月六郎(もちづき ろくろう)
望月六郎は真田十勇士の一人で、真田幸村の影武者として活躍したと言われています。
大坂の陣の時に根津甚八達とともに戦ったと言われています。

・にんぱくの忍者道具の紹介、耆著(きしゃく)


耆著(きしゃく)とは昔の方位磁針のことであり、忍者が使用したと言われています。

方位磁針(ほういじしん)は、磁石の性質を利用して方角を指し示す道具です。基本的な構造は、自由に回転できる磁針が水平方向に取り付けられたものです。この磁針は地球の磁場の影響を受け、常に南北方向を指すようになっています。

方位磁針は以下のような構造や機能を持っています。
磁化された針で、南北方向を指します。通常、片方の端が北を、もう片方が南を示すように色分けされています。
磁針が取り付けられている盤で、方角を示す目盛りが描かれています。北、南、東、西の四方位や、さらに細かい方位(例えば、北東、南西など)が示されています。
磁針と方位盤を保護するためのケースで、透明なカバーで覆われていることが多いです。液体で満たされている場合もあり、これにより磁針の動きを安定させます。
方位磁針は、航海、登山、ハイキングなど、位置や方角を正確に知る必要がある場合に広く使用されます。現代では、GPS技術の普及により使用頻度が減少していますが、依然として重要な道具の一つです。


方位磁針の基本的な使い方として、
方位磁針を水平な場所に置きます。傾けると磁針が自由に回転できなくなるので、水平を保つことが重要です。磁針が静止するまで待ちます。磁針は地球の磁場に従って回転し、最終的に南北方向を指します。
多くの方位磁針では、磁針の一端(通常は色分けされた部分)が北を指します。方位盤に描かれた目盛りを確認し、どの方向が北かを把握します。
方位磁針を回転させて、目的の方位を示す目盛りが磁針の北端と一致するように調整します。
これで、方位磁針の基準線(多くの場合、透明なケースの一部に描かれた線)が指し示す方向が目的の方位となります。
自分が向かうべき方向がわかったら、その方位に沿って移動します。移動中も方位磁針を頻繁に確認し、正しい方向を維持するようにします。
ハイキングや登山などで使用する場合、
地図と方位磁針を使用して現在地と目的地を確認します。
方位磁針で地図上の目的地の方位を測定します。
方位磁針を地図から外して、目的地の方位を基準に実際の地形での方向を確認します。
その方向に向かって移動します。
また船で航海する場合など、海図と方位磁針を使用して現在地と目的地を確認します。
方位磁針で進行方向を確認し、舵を調整してその方向に向かいます。
方位磁針の使用は比較的簡単ですが、正確な使い方をマスターするには練習が必要です。また、金属製品や強い磁場の近くでは誤作動することがあるので、注意が必要です。

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2024年6月28日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その15 -真田十勇士のにんぱくの展示物-

この記事は忍者豆知識その15です。今日は真田十勇士の一人についてお届けします。
・忍者豆知識 根津甚八
根津甚八は、真田十勇士の一人です。
同じ真田十勇士の海野六郎とともに、大坂の陣で戦ったとされます。
真田幸村の影武者として活躍し、大坂の陣の時に討ち取られたとされています。

・にんぱくの忍者道具の紹介・目潰し


相手の目を眩ませる目潰しです。中に目潰しの粉があり、それを相手の顔に向けて振ることで目を眩ませるように使用したとされます。
目潰しの粉は、忍者が使用したとされる戦術的な道具の一つです。この粉は、敵の目に投げつけることで一時的に視力を奪い、敵の動きを制約する目的で使用されました。
目潰しの粉の成分は、砂、唐辛子の粉、灰、その他の刺激性の物質などが含まれていたとされています。
これらの成分は、敵の目に入ると強い痛みと涙を引き起こし、一時的に視界を奪う効果があります。


忍者は小さな容器や袋に目潰しの粉を入れて持ち運びました。
戦闘や逃走の際、敵の視界を奪うために素早く粉を投げつけました。
目潰しの粉は、忍者の戦術の一環として、隠密行動や敵の撹乱に非常に有効でした。これにより、忍者は戦闘を有利に進めたり、追跡者から逃れたりすることができました。
目潰し(めつぶし)は、戦闘や護身術において相手の視力を一時的に奪う戦術の一つです。主に忍者や武術家が用いた技術ですが、現代の護身術や警察の制圧技術にも応用されています。
砂、唐辛子の粉、灰などを混ぜた粉を用いて、敵の目に投げつける方法です。
これにより、相手は強い痛みと涙により視界を失います。
物理的な目潰しとして、指や手のひらを使って、直接相手の目を突く、叩く、押すなどの技術があります。
これにより、一瞬で相手の視力を奪い、動きを制約することができます。
光を利用した目潰しとしては、強い光を一時的に相手の目に向けて、眩しさで視界を奪う方法があります。
現代では、フラッシュライトやレーザーポインターを使うことがあります。
目潰しの効果として一時的な視力喪失になります。
突然の視覚障害により、相手の行動が制限され、混乱を招くことができます。
突然の目潰しにより、相手は驚きと恐怖を感じ、戦意を喪失することがあります。
目潰しは非常に攻撃的な技術であり、重大な障害を引き起こす可能性があります。そのため、使用には法的な問題が伴うことがあります。
目潰しを行う際には、適切な訓練と慎重な判断が必要です。誤った使用は相手に深刻な損傷を与えるだけでなく、自分自身や周囲の人々にも危険をもたらす可能性があります。
目潰しは、緊急時の護身術として有効な手段である一方で、慎重に扱うべき技術です。

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2024年6月25日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その14 -真田十勇士とにんぱくの展示物-

この記事は忍者豆知識その14です。今回は真田十勇士の一人とにんぱくの展示物についてお届けいたします。

・忍者豆知識・海野六郎(うみのろくろう)
海野六郎は真田十勇士の一人です。
真田三代記に同じ名前の人物がおり、その人物から名前が来ていると思われます。
同じ真田十勇士の根津甚八とともに大阪の陣を戦い抜いたとされます。

・にんぱくの忍者道具の紹介・手持ち燭台


手持ち燭台は、蝋燭を立てて辺りを照らすために使用します。
燭台は、ろうそくを立てるための台です。古くから照明器具として使われ、ろうそくを安定して燃焼させるための支えや台座の役割を果たします。燭台は、装飾的なデザインが施されているものも多く、家庭の装飾品としても利用されています。
一本のろうそくを立てるための単独の台があったり、複数のろうそくを立てることができる、多くの枝分かれしたデザインの台があります。
また、壁に取り付けるタイプの燭台もあります。
燭台は素材も様々で、金属、木材、ガラス、セラミックなどがあります。デザインや用途に応じて選ばれます。


日本の燭台は、その歴史と文化に深く根ざしており、独自の美しさと機能性を持っています。以下は日本の燭台のいくつかの特徴と種類です。
和燭台(わしょくだい)は日本の伝統的な燭台で、日本のろうそく(和ろうそく)を立てるために使用されます。和ろうそくは、植物性の原料を使って作られ、特有の形状と燃焼特性を持っています。和燭台もそれに合わせてデザインされています。
銅で作られた燭台は、古くから日本で用いられてきました。神社や寺院などの宗教施設で使用されることが多く、厳かな雰囲気を醸し出します。
木製の燭台は、家庭での使用に適した温かみのあるデザインが特徴です。日本の伝統的な技法で作られることが多く、茶道や華道の場でも見かけることがあります。
漆塗りの燭台は、高級感があり、美しい光沢が特徴です。漆器としての装飾性も高く、特別な場面や儀式で使用されます。
携帯用の折りたたみ燭台も存在します。これは、旅先や野外でろうそくを使用する際に便利です。軽量でコンパクトに収納できるため、持ち運びが容易です。
石で作られた燭台もあります。これは庭園や屋外で使用されることが多く、自然との調和を重視したデザインです。
特定の地域や寺院には、その場所独自のデザインや装飾が施された燭台があります。これらは、その地域の文化や信仰を反映しています。
日本の燭台は、機能的でありながらも美しさを追求したデザインが多く、文化や歴史を感じさせる工芸品としても評価されています。

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2024年6月23日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その13 -真田十勇士とにんぱくの展示物-

今日は忍者豆知識その13をお送りします。今日は真田十勇士の一人の話と、にんぱくの展示物のご紹介をいたします。

・忍者豆知識 筧十蔵(かけいじゅうぞう)
筧十蔵は真田十勇士の一人です。筧十蔵の父は筧十兵衛で、真田氏に仕えました。
筧十蔵は真田十勇士の創作上の人物ですが、真田氏には筧十兵衛という家臣がおりその人がモデルとなったのではないかと思われます。

・にんぱくの忍者道具の紹介 鉄拳(てっけん)

「鉄拳」は、拳に装着して打撃力を強化するための武器です。金属製で拳を包むように作られ、打撃を加える際に相手に対するダメージを増大させるために使用されます。以下に鉄拳の詳細と歴史、使用法について説明します。
鉄拳は通常、金属でできており、穴があり、そこに指を通して拳を覆う形状になっています。手のひら部分には厚みがあり、打撃時に拳を保護します。
主に鉄などの金属が使用されます。


鉄拳の起源は明確ではありませんが、古代ローマ時代の「カエストゥス」や、中世ヨーロッパの「ガントレット」など、拳を保護しつつ打撃力を増強するための武器が存在していました。
鉄拳はメリケンサックに似ています。アメリカでの使用は19世紀後半から20世紀初頭にかけて広まりました。「メリケンサック」という名称は、「アメリカン・ナックル」の略とされています。
鉄拳は自己防衛のために使用されることがあり、特に街頭での喧嘩や突発的な暴力から身を守るために使われることがあります。
打撃の威力を増大させるため、攻撃的な用途で使用されることがあります。相手に与えるダメージが大きいため、致命的な結果を招くこともあります。
多くの国や地域では、凶器の所持や使用に関する厳しい規制があります。日本では、メリケンサックなど凶器を持って集合することは「凶器準備集合罪」に該当し、違法とされています。アメリカやヨーロッパの一部地域でも、所持や使用が違法とされています。
鉄拳など凶器は致命的な武器として使用される可能性が高いため、多くの地域で規制されています。特に、公共の場での所持や使用は厳しく取り締まられています。
鉄拳の使用は、適切な訓練や状況判断が必要とされていたと思われます。現代では無闇に使用することは避けるべきです。
鉄拳などメリケンサックを使用する場合、法律違反となる可能性があるため、必ず地元の法律や規制を確認してください。
鉄拳は効果的な武器ですが、その危険性と法的リスクを考慮する必要があります。自己防衛のために他の安全な手段を検討することが推奨されます。

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2024年6月16日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その12 -横谷左近とにんぱくの展示物-

今日は忍者豆知識その12をお送りします。今日は真田忍者の一人についてお送りします。

・忍者豆知識 横谷左近(よこやさこん)
横谷左近は真田忍者で、猿飛佐助のモデルになったと言われています。横谷左近は上野国の横谷(東吾妻町松谷)の地侍で、
横谷家は東吾妻町にあった雁ケ沢城の城主でした。


武田家の家臣である真田氏が勢力を伸ばしていったときに真田氏に仕えたと言われています。
関ヶ原の合戦の時も、真田親子が上田城に帰還する際に、真田氏を助けたとされます。
また関ヶ原の合戦の時に、徳川秀忠軍を上田城で足止めしたと伝えられています。

・にんぱくの忍者道具の紹介 撒菱(鉄菱)



撒菱(鉄菱、まきびし)は、忍者が追手に追いかけられている時に足止めするためのものです。大きい撒菱は馬用(馬に踏ませる用)に使うものです。
撒菱は、日本の忍者や戦国時代の兵士が使用した武器の一つです。これは、地面にばら撒いて敵の足を傷つけ、追跡を遅らせたり、移動を妨げたりするために使われました。撒菱は通常、金属や竹などで作られており、どの方向に落ちても尖った部分が上を向くように設計されています。
撒菱は通常、四つの鋭利な尖端を持つ星形の構造をしています。この形状により、地面に投げた際、どの方向に落ちても常に一つの尖端が上を向くようになっています。
撒菱は金属(特に鉄)で作られることが多いですが、竹や木で作られることもあります。竹や木の撒菱は、軽くて持ち運びやすく、特に忍者が密かに使用するのに適していました。
撒菱は敵の足を傷つけることで、追跡を遅らせたり、移動を妨害したりするために使用されました。また、撒菱を使って逃げる際に敵を足止めすることで、逃走の成功率を高めることもできました。
現代の警察や軍隊でも、タイヤをパンクさせるためのスパイクストリップなど、撒菱に似た道具が使用されています。
撒菱の鋭い尖端が足やその他の部分に刺さると、激しい痛みと不快感が生じます。これにより、敵の動きが鈍くなり、追跡や攻撃が困難になります。
撒菱が皮膚を貫通すると出血が生じます。傷口が深ければ深いほど、出血量が増え、傷口の治療が必要になります。
中世の日本では衛生環境が現代ほど整っていなかったため、撒菱による傷口が感染するリスクが高まりました。傷口に土や汚れが入り込むと、さらに感染の危険性が高まります。
撒菱が足に刺さると、歩くことや走ることが非常に困難になります。これにより、追跡を遅らせたり、敵の行動を制限することができます。
撒菱の存在は心理的な影響も及ぼします。撒菱をばら撒いた区域を通ることへの恐怖や不安が生じ、敵の士気が低下する可能性があります。
撒菱が刺さった場合、傷口の治療が必要です。まず撒菱を安全に取り除き、消毒し、適切な処置を施す必要があります。重傷の場合は、医療専門家の治療を受ける必要があります。
これらの影響により、撒菱は敵を妨害し、逃走や戦術的な優位性を確保するための有効な道具として使われました。
撒菱は、そのシンプルさと効果的な設計から、古代の戦術や忍者の道具の中でも特に興味深いものの一つです。

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2024年6月10日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その11 -穴山小助とにんぱくの展示物-

今回は忍者豆知識その11をお届けします。今日は真田幸村に仕えた真田十勇士の人物についてです。

・忍者豆知知識 穴山小助(あなやま こすけ)
穴山小助は、日本の戦国時代の武将で、真田十勇士の人物で、特に真田幸村の家臣として知られています。彼の詳しい情報は以下の通りです。

穴山小助は、真田幸村に仕えた家臣の一人で、特に武勇に優れた人物とされています。彼は数々の戦いに参加し、その戦功で名を馳せました。幸村の配下として忠実に仕え、彼の軍略において重要な役割を果たしたと伝えられています。

彼の武勇伝の中には、敵陣深くに切り込んで戦った話や、幸村のために命を賭けて戦った話などが多く残されています。
エピソードとしては、真田幸村の配下として、大阪の陣の戦いの際、幸村の影武者としての役割を果たしたとも言われています。幸村を討ち取ったと思いきや、それは影武者だったと言われるエピソードがあります。

穴山小助は真田十勇士に存在する人物です。穴山小助については、戦国時代の武将としての彼の活躍やエピソードが特に注目されています。幸村に仕えた家臣の一人として、彼の名は歴史に刻まれています。

・にんぱくの忍者道具紹介 握り鉄砲(にぎりでっぽう)


手のひらで握ることで発射する鉄砲。芥砲(かいほう)という名称もあります。
握り鉄砲は、江戸時代の日本で使われた火器の一種です。一般的には、小型の火縄銃やピストルのことを指します。以下に握り鉄砲の特徴や歴史について説明します。
握り鉄砲はコンパクトなサイズであり、隠し持つことが容易でした。このため、暗殺や護身用として利用されることが多かったです。
一回の発射で弾丸が一発のみ発射される単発式が主流でした。
当時の技術では火縄を用いて火薬に点火する仕組みが一般的でした。後に、火打ち石を使った発火機構も登場しました。
江戸時代初期から中期にかけて、握り鉄砲は特に武士や忍者によって使用されました。護身用や暗殺、近接戦闘でのサポートとして重宝されました。
忍者は暗殺任務や護衛任務において、握り鉄砲を用いることがありました。小型で隠しやすいため、相手に気付かれずに近づくことが可能でした。
握り鉄砲は、歴史的な小説や映画、ドラマなどでしばしば取り上げられ、日本の武士や忍者の象徴的な武器の一つとして描かれています。
握り鉄砲は、日本の歴史において重要な武器の一つであり、その小型で携帯性の高いデザインは、当時の戦術や生活スタイルに大きな影響を与えました。

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2024年6月8日

忍術〜伝達術編〜|にんぱくブログ|体験

NINJA

忍者の主な任務である情報収集。集めた情報をどのようにして主君や味方に伝えていたのでしょうか? 敵に知られることなく、味方だけに分かる方法とはどういったものがあったのでしょう? この記事では忍者の伝達術について書いていきます。

狼煙

忍者は遠くからでも見える煙を使って、緊急事態を知らせました、狼の煙と書いて「のろし」これは、狼のフンを乾燥させ、火薬に混ぜて使ったことに由来しています。狼のフンを使うと、煙が真っ直ぐに上がり、わかりやすいと言われています。現在の日本には狼はいません。日本に生息していたニホンオオカミは絶滅種となっていて、確実な最後の生息情報は1905年の冬です。忍者が活躍していた時代の日本には、オオカミが生息していました。フンを手にいれることは、今よりはるかに簡単だったと思われます。

隠語

隠語とは仲間だけにしか分からない言葉です。会話から忍者とバレることがないように使っていました。たとえば、「伊賀」という言葉を聞かれると忍者ではないかと疑われるため、伊賀は「くり」と言い換えていました。いくつか重要な単語をこのように言い換えて、味方通しでコミュニケーションをとっていました。

五色米

米を白のほか、青、黄、赤、黒に染めて、それらの色に意味をもたせ、仲間だけにわかる暗号として使っていたとされています。また、戻る時の目印として置いておくこともありました。

忍者文字

忍者は仲間だけにしかわからない文字を使って文を書いていました。さまざまな文字があり、なかでも「忍びイロハ」は特に有名です。
日本の漢字は、その多くが「へん」と「つくり」に分かれています。それを利用して、「木・火・土・金・水・人・身」の七文字を「へん」に、「色・青・黄・赤・白・黒・紫」の七文字を「つくり」にして漢字を作り、イロハ48文字に当てはめました。

右の「へん」の【身】が【見】になっていましたので訂正しました。 2024.6.19

上の図をつくるために、「忍びいろは」というフォントを使用しています。山口正之が解釈し、白土三平が採用した読み方を採用されているようです。

上記のフォントを使って、暗号文を書いてみました。皆様は解けますか?

結縄

縄に結び目を作り、その形状や結び目の数などで暗号にしていました。それを家の軒下にぶら下げておき、仲間に伝えました。結縄からは、「秘密文字」という。誰も読めないような形状の文字ができたという説もあります。

合言葉

暗闇で敵味方を区別するのは難しいことでした。同じような忍び装束を着て、覆面をしていたのでは無理もありません。そこで、合言葉を使って仲間を判別していたのです。合言葉とは、前もって決めておいた言葉を互いに答えること。こちらが「山」と言えば、相手は「谷」と答えるのが、わかりやすい例ですね。

終わりに

このブログを運営しているにんぱくには、忍者が実際に使っていた忍具が展示されています。群馬県の北西にある東吾妻町に、にんぱくはあります。吾妻地域は真田氏が支配していたころ、忍びの者として真田家に仕えていた忍者がいました。岩櫃城と言えば歴史好きの方はピンと来るかもしれません。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。これからもにんぱくをよろしくお願いいたします!

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2024年6月7日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その10 -風魔小太郎とにんぱくの展示物-

今日は忍者豆知識その10をお送りします。今日は真田忍者ではありませんが、忍者と忍者道具についてお送りします。

・忍者豆知識 風魔小太郎(ふうま こたろう)
風魔小太郎は、日本の戦国時代から江戸時代初期にかけての伝説的な忍者で、風魔一族の頭領として知られています。風魔一族は関東地方を拠点とし、特に北条氏に仕えた忍者集団です。

風魔一族は、主に北条氏に仕え、関東地方で活動していました。
風魔小太郎は、風魔一族の頭領として一族を率い、その名を広めました。

風魔小太郎は、様々な伝説とともに語られ、非常に優れた戦闘技術や忍術の使い手として知られています。
彼の伝説には、超人的な力や神出鬼没の行動、奇抜な戦術などが含まれます。
一部の伝説では、彼が幻術や妖術を使ったとも言われています。

風魔小太郎は、敵の城に潜入し、情報を収集したり、破壊工作を行ったりしました。
北条氏のために、敵の大名やその家臣を暗殺する任務も引き受けました。

風魔一族は、通常の忍者とは異なり、盗賊といった一面も持っていました。
彼らは、大胆な戦術を好み、しばしば敵を恐怖に陥れました。

風魔小太郎は、時代劇や忍者関連のフィクション作品で頻繁に取り上げられています。
彼の伝説は、忍者の神秘性や冒険心を象徴する存在として人気があります。
風魔小太郎の実像は歴史的な記録に乏しく、その多くは伝説や逸話に基づいています。しかし、彼の名は日本の忍者文化において重要な位置を占め続けています。

・にんぱくの忍者道具紹介 水筒 

水や油を使用して使う筒です。脂の場合、火を放つことができます。
水筒は、その種類についてはいくつかあります。
竹筒は、竹の節を利用して作られた水筒です。軽くて丈夫で、自然素材を利用しているため、古くから広く使われてきました。竹筒の水筒は、山仕事や農作業、遠征などに持ち運ばれることが多かったです。
竹は非常に軽く、持ち運びが簡単なものです。
丈夫で、ある程度の衝撃に耐えることができます。環境に優しく、加工も容易です。
木製の水筒も広く使われていました。特に木をくり抜いて作った木筒は、保温性があり、飲み物を長時間冷たいまま、あるいは温かいままに保つことができました。
木材の自然な断熱効果により、温度を保ちやすく、形やデザインを工夫しやすいです。
陶器の水筒は、保温性が高く、飲み物を清潔に保つために使われました。特に茶道や儀式の際には、陶器の水筒が重宝されました。
飲み物の温度を一定に保つのに適しています。
陶器は清潔に保ちやすく、臭いがつきにくいです。
革製の水筒は、主に狩猟や遠征などで使われました。動物の皮を利用して作られ、柔軟性があり、比較的軽量でした。
革は柔らかく、収納しやすいです。適切な処理を施せば、耐久性が高くなります。
金属製の水筒は、特に戦国時代や江戸時代において、武士や兵士が遠征の際に使ったとされています。金属は丈夫で、飲み物を長時間冷たく保つのに適していました。
金属は非常に丈夫で、長持ちし、冷たい飲み物を長時間冷たく保つことができます。
これらの昔の水筒は、それぞれの時代や用途に応じて工夫され、使われてきました。現代のステンレス製やプラスチック製の水筒と比べると、素材や形状に違いがありますが、いずれも日常生活や特定の場面で重要な役割を果たしていました。

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2024年6月2日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その9 -長篠の戦いとにんぱくの展示物-

今日は忍者豆知識その9をお届けします。忍者が参戦した合戦についての話です。

・忍者豆知識 長篠の戦い(ながしののたたかい)
長篠の戦いは、日本の戦国時代において、1575年(天正3年)に織田信長・徳川家康連合軍と武田勝頼軍の間で行われた重要な戦いです。この戦いは現在の愛知県新城市の長篠城周辺で行われました。唐沢玄蕃(からさわげんば)をはじめ忍者も参戦したと言われています。

織田信長は織田・徳川連合軍を率い、武田勝頼は武田軍を率いていました。
武田軍は長篠城を包囲し、織田・徳川連合軍と対峙しました。

織田信長は新しい戦術を導入し、鉄砲隊を有効に活用しました。
長篠の戦いは鉄砲を大量に使用した戦闘の一つとして知られています。織田軍は三段撃ちという戦法を採用し、連続的に射撃を行うことで武田軍に大きな打撃を与えました。

織田・徳川連合軍の勝利に終わり、武田軍は大きな損失を被りました。
この勝利により、織田信長は戦国時代における彼の地位をさらに強固にしました。
長篠の戦いは、日本の戦国時代の軍事史において重要な転換点となり、特に鉄砲の戦術的な使用が戦争の形態に大きな影響を与えた戦いとして知られています。

・にんぱくの忍者道具の紹介 苦無(くない)


苦無は、日本の忍者が使用したとされる多目的な道具です。もともとは農具や土木作業用の工具として使われていたものですが、忍者の間で武器や便利なツールとして利用されるようになりました。以下に、苦無について詳しく説明します。
苦無は、鉄製の短剣のような形状をしており、両端が尖っていることが多いです。
刃が両刃のものや、片刃のものがあります。長さは10センチから30センチ程度と様々です。
苦無は、近接戦闘における短剣として使用されました。投げて使うことも可能でした。
苦無は、壁を削ったり、穴を掘ったり、扉をこじ開けるための工具としても利用されました。
壁や木に登る際の補助具としても使われ、特に両端が尖っているため、刺して固定するのに便利でした。
他にも、杭を打ったりするための道具としても活用されました。
忍者は苦無を使って、静かに敵に近づき、迅速に攻撃することができました。また、苦無を隠し持つことが容易であったため、サプライズ要素もありました。
苦無を投げる技術は、遠距離から敵を攻撃するために用いられました。これにより、忍者は直接の接触を避けつつ攻撃することができました。
忍者が登場するフィクション作品では、苦無はしばしば武器として描かれています。アニメや漫画、映画などでその姿を見ることができます。
忍者を象徴するアイテムの一つとして、コスプレや観光地での展示などでも人気があります。
苦無は、その多様な用途と実用性から、忍者にとって非常に重要なツールでした。シンプルながらも効果的なデザインは、忍者の機知と工夫を象徴するものとして、現在でも多くの人々に親しまれています。

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2024年6月1日

【にんぱく忍者修行ブログ】忍者豆知識その8 -にんぱくの展示物紹介-

今日は忍者豆知識その8をお送りします。今日はにんぱくの忍者道具の紹介をメインに行います。二種類の手裏剣についてです。

・にんぱくの忍者道具紹介 鉾型棒手裏剣(ほこがたぼうしゅりけん)


先端に矛がついている手裏剣です。
鉾型棒手裏剣は、手裏剣の一種で、その形状が鉾(ほこ、長槍)に似ていることからその名がつけられています。棒手裏剣は一般的に細長い金属製の棒であり、投擲武器として使用されますが、鉾型棒手裏剣は特にその形状が特徴的です。以下は鉾型棒手裏剣についての詳細です。


鉾型棒手裏剣は、長さが約15~20センチメートル程度で、先端が鋭利に尖っているのが特徴です。鉾や槍のように先端が尖っており、刺突力が高いです。
通常、鉄や鋼などの金属で作られており、強度と耐久性が求められます。
一部の鉾型棒手裏剣は、さらに飛行を安定させるためにバランスを考慮したデザインが施されています。
棒手裏剣は手で握って投げることが一般的です。投擲時には、回転をかけることで直進性を保ち、ターゲットに正確に命中させることができます。
必要に応じて、近接戦闘でも使用することができます。短い武器のように使用することができ、刺突武器として効果を発揮します。
主に敵を傷つけるために使用されますが、妨害や注意をそらす目的でも使用されることがあります。特に忍者によって情報収集や暗殺の手段として使用されました。

鉾型棒手裏剣は、日本の武道や忍術の一部として、今なおその魅力を持ち続けています。


・にんぱくの忍者道具紹介 燕型手裏剣(つばめがたしゅりけん)


燕の形をした手裏剣です。燕の羽のように曲線を描いている形状の手裏剣です。
燕型手裏剣は、手裏剣の一種で、その形状が燕(ツバメ)に似ていることからその名がつけられています。この手裏剣は、飛行中にツバメのように羽ばたくような軌道を描くことで知られています。
燕型手裏剣の特徴と利点は以下の通りです。
通常、複数の刃が中央のハブから放射状に伸びている形状を持ち、ツバメの翼のように見えるように設計されています。
その形状により、投げた際に空中で安定した飛行をし、ターゲットに命中する確率が高まります。
他の手裏剣同様に、敵を傷つけたり、妨害したり、注意をそらすために使用されます。投擲技術が重要であり、熟練した忍者はこの手裏剣を効果的に使うことができます。
燕型手裏剣は、忍者の武器の一つとしてだけでなく、現代でも忍術の象徴として人気があります。収集や展示用としても興味深いアイテムです。
具体的な歴史や製作方法についてさらに詳しく知りたい場合は、忍術に関する書籍や資料、忍者に関連する博物館を訪れるとよいでしょう。

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