この記事は忍者豆知識その31です。今日は真田氏と関係のある武田氏と、お城の要素についてお届けします。
・真田氏の関係のある武田氏の戦い、川中島の戦いその2
川中島の戦い(かわなかじまのたたかい)は、武田信玄と上杉謙信とで現在の長野県北部で5度の領地争いしました。
これは決着がつかずに終わった争いでした。
川中島の戦いは、戦国時代における日本の戦国大名、上杉謙信と武田信玄の間で行われた一連の戦いを指します。この戦いは1553年から1564年にかけて、北信濃(現在の長野県)に位置する川中島周辺で5回にわたり繰り広げられました。戦国時代における最も有名な合戦の一つとして知られています。
川中島の戦いは、戦国時代における名将同士の対決として、後世に多くの物語や絵画の題材となりました。特に第四次川中島の戦いは、上杉謙信と武田信玄の一騎討ちとして描かれることが多く、ドラマチックな場面として広く知られています。
・山城(やましろ)について
山城(やましろ)は、日本の伝統的な城郭の一つで、山の地形を利用して築かれた城のことを指します。山城は戦国時代を中心に多く築かれ、日本各地に存在しました。敵の攻撃を防ぐために自然の地形を活用し、堅固な防御力を誇るのが特徴です。
山城の特徴として、地形を利用した防御があります。
山の斜面や尾根などの地形をそのまま防御施設として利用します。急な斜面や谷を利用することで、敵が容易に攻め込むことができないように作られています。
城内にいくつかの郭(くるわ)が設けられ、これが階段状に配置されることが多いです。最も高い場所に本丸があり、その周りに二の丸、三の丸といった副郭が続きます。
土塁や堀切があり、山城では土塁や堀切がしばしば使われ、敵の侵入を防ぎます。堀切は尾根を切断して作られた人工的な溝で、これによって敵の進行を阻止します。
・物資の確保が難しい
山の中に位置するため、食料や水の確保が平地の城に比べて困難であることが多いです。そのため、短期間の籠城戦を想定した造りになっていることが多いです。
戦国時代に多く、山城は戦国時代に多く築かれました。防御力を高めるために山の上に築かれた城は、外敵からの侵略を防ぐための重要な拠点となりました。
有名な山城としては、
岐阜城(岐阜県)は、織田信長が居城とした城で、金華山の山頂に築かれています。
備中松山城(岡山県)は日本三大山城の一つで、現在も現存天守が残る貴重な山城です。
高取城(奈良県)は日本三大山城の一つで、標高が高く、眺望が素晴らしいことで知られています。
山城は、地形を最大限に活かした防御的な構造が特徴で、戦国時代における城郭の中でも特に興味深い存在です。